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沿革(History)

馬韓時代
綾州、 和順方面には平地をベースとした如来卑里国、同福方面には辟卑里国があったものと比定している。
百済時代
~ 1914年まで
和順、綾州、同福の三つの県が独自的な行政編制を維持したが、広い平野を挟んでいる洸陵夫里郡:綾州方面)、川辺に落ち着いた仍利阿県:和順方面)、壺のような岩がある豆夫只県:同福方面に分けられていた。
統一新羅時代
757年
景徳王が全国の地名を漢字化および二字に減らす作業をしながら、洸陵夫里郡は陵城郡に、仍利阿県は汝湄県に,豆夫只県は同福県に変更されて谷城郡に属すようになった。高麗時代の940年になってヌンソンヒョンは漢字に変えて綾城県にして、汝湄県は今日の地名である和順県に改称し、1018年には同福県を谷城から宝城郡の所属に変更した。1143年に初めて中央から綾城県に監務(現在の群守)という行政官が派遣されたのに続いて、忠列王の時の1280年頃、同福呉氏・祖英または祖炎国師の故郷といい、同福にも初めて監務が派遣されて、高麗末の1390年に和順にも監務が派遣されながら南平県を兼任したため、この時に至って中央行政が直接ここまで及ぶようになった。監務官が派遣される以前にここではすべて自治村として土豪たちによって間接支配を受けたとみえるが、同福県があった自治村としては保寧県(現在の二西面地域)、 大谷県(現在の南面地域), 水村県(現在の北面水里付近), 鴨谷県(現在の北面玉里付近)などに分けられていた。
朝鮮 時代
わずか何年かの間に三つの県が廃置分合を重ねるようになるが、初めの1396年には和順県をなくして綾城県と同福監務(和順県兼任)だけ置いた後1405年に綾城県, 和順監務(同福兼任), 1407年に綾城県, 福順県(同福と和順 を合併), 1413年に綾城県, 和順県(同福兼任), 1416年には順城県(和順と綾城を合併), 同福県にしたのち再び1418年に至って三つの地域の統合ができずに綾城県, 和順県, 同福県として置いた。1597年丁酉再乱の被害がひどく、和順県の民たちは自ら廃県を申し出て綾城県と合併し、1611年に至って和順県が同福県になりもした。この同福県を記念して当時客舘の前に植えたものがまさに和順郡庁に立っているイチョウである。1632年仁祖の反正があった10年後、仁祖の母仁顕王后の貫郷だとして綾城県は一躍綾州牧に一等級伸し上がった。 これによって和順地域は綾州牧, 和順県, 同福県の三つの村で続いてきたが、1655年同福県の客舎と殿牌が火災により焼けてまもなく和順県合併した後、再び1664年に三つの県になったこの体制は大韓民国時代まで維持された。1895年5月1日、行政区域改編によって綾州郡, 和順郡, 同福郡になり、大韓帝国時代の1908年10月15日には和順郡を廃止して、綾州郡に吸収させることにより綾州郡, 同福郡として続いた。
日帝侵奪期
1913年
綾州郡を和順郡に改称し、同福郡と併存した後、1914年3月1日同福郡までも廃止して和順郡に編入させることにより今日の骨格を備えるようになった。
1932年
11月1日
13個の面で調整して今日の邑面体制を整え、1963年1月1日 郡庁がある和順面を邑に昇格(邑設置に関する法律第1177号)させ、1966年5月18日領外, 墨谷, 龍江出張所を各々設置(郡条例第122号)した。
1973年
7月 1日
東面水万里を和順邑に編入(大統領令 第6542号), 1983年2月 15日 道谷面周道里を和順邑に編入(大統領令 第11027号), 1988年8月17日 和順邑桂所1区を桂所1・3区に、春陽面花林1区を花林1・3区に調整(郡条例第1074号), 1996年10月12日和順邑校里を校里1・2区に、万淵2区を万淵2・3区に、一心3区を一心3・4区に、広徳1区を広徳1・4区に、清豊面白雲1・2区を白雲里に調整(郡条例第848号)して、1998年10月1日墨谷・龍江出張所を廃止(郡条例第1563号)した。
1999年
8月 5日
和順邑万淵3区を万淵3・4・5・6区に、一心1区を一心1・5区に、大里4区を大里4・5区に調整(郡条例第1608号), 2003年2月15日和順邑新基里を新基1・2区に、大里4区を大里4・6区に、碧羅1区を碧羅1・3区に、桂所1区を桂所1・4区に調整(郡条例第1761号)した。
2004年
12月 31日
和順邑 鸚南2・3区を鸚南里2区に、水万里1・2区を水万1区に、水万3・4区を水万2区に、江亭里を蓮陽1区に, 寒泉面丁友1・2区を丁友里に, 古侍里を東佳里に, 春陽面陽谷1・2区を陽谷里に, 大薪3・4区を大薪3区に, 龍谷1・2区を龍谷里に, 可東里を辺天里に, 梨陽面栗溪1・2区を栗溪里に, 綾州面万仁1・2区を万仁里に, 道岩面池月2・3区を池月2区に, 二西面滄浪1・2区を滄浪里に, 永坪1・2区を永坪里に、安心3区を安心1区に統合、仁溪3区を仁溪1区に, 西里を野沙2区に, 葛頭里を安心1区に, 北面松坍3区を松坍2区に, 多谷1・2区を多谷里に, 龍谷3区を龍谷2区に, 同福面安城1・2区を安城里に, 南面泗洙3区を泗洙2区に, 南溪1・2区を南溪里に, 福橋里を舟山里に統合, 東面瑞城1区を瑞城2区に、青弓1・2区を青弓里に、泉徳1区を泉徳2区に調整(郡条例第1832号)した。
2006年
3月 8日
和順邑校里1区を校里1・3区に、新基2区を新基2・3区に、一心4区を一心4・6区に、広徳4区を広徳4・5区に、大里5区を大里5・7区に、水万2区を水万2・3区に調整(郡規則第1076号)し、2012年2月6日永坪里を永坪1区, 永坪2区に調整(郡規則第1231号)後、現在の1邑12面1出張所342行政里で運営している。